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エジプトのイラク人

現在地、エジプトはカイロです。ここにも多くのイラク人が移り住んできています。あまりにもイラク人が殺到したため、ここ最近はビザの発給を制限しているようです。友人の一人は、数ヶ月前にエジプトにやって来ていて、家族も全員無事に連れてくることができたようです。目下のところ職探しに奮闘中。この職探しがこれまた困難を極めているとのことです。それでなくとも、カイロの失業率は高く、彼いわく「これも、ある意味”戦い”だよ。ここへ来て、家族を路頭に迷わすわけにはいかないからね」。一難去ってまた一難。でも、本人も認めていますが、彼はとてもラッキーなのかもしれません。行動が早かったというのもあります。

この1年でエジプト政府のイラク人受け入れに関する規定はだいぶ変わってしまったようです。もちろん、厳しくなったという意味です。この友人の場合、時期が早かったので、子供たちを学校に行かせることもできています。最初の頃は、観光ビザを延長していたんだそうですが、今はもう観光ビザではなく長期滞在のビザに切り替わったので、あと6ヶ月は大丈夫だそうです。ただ、ここ最近の規定変更もあり、居住権(永住権)を得るには、より厳しい条件(あるいは多額の金額を要する条件)を満たさなければならないということです。(例えば、エジプトで起業しエジプト人を雇用するなど)

エジプト人は、びっくりするほど親切で、彼も満足しています。ヨルダンは、もちろんイラク人を歓迎していますが、せまい国に一気にイラク人が押し寄せてきたり、アンマン市内で爆弾事件があったりしたので、イラク人に対する風当たりというのは、次第に強くなってきています。彼自身もヨルダンでヒドイ扱いを何回かされたことがあったので、エジプトの人々の親切さにリラックスしているようです。彼は「もちろんイラクに帰りたい。でも、イラクには住めない。イラクには電気も水もないけど、何より安全がない」と言っていました。

彼の子どもたちは、カイロの小学校に通い始めています。もちろんアラビア語ですが、イラク方言とは少し違うので、子どもたちはイラク方言とエジプト方言のバイリンガルになっていました。カイロでは小学校1年生から英語を習うらしく、7歳の長男ユーセフはちょっと苦戦しているようでした。6歳の次男はエジプトで1年生を始めたので、特に問題はなさそうでした。一番下の4歳になるアメッドは、「カイロの方が好き」と言っていました。一番辛そうだったのは、おばあちゃん。私の顔を見てボロボロと涙をこぼし、「あなたが生きていて本当にうれしい。でも、バグダッドは地獄よ。終わりだわ」と泣いていました。何十年も暮らしてきた土地を離れて、異国で生活を始めるというのは、大変なこと。しかも、自ら望んでいるわけではないのだから、なおさらに。おばあちゃんが故郷バグダッドに戻れる日が来ますように…。

今日、青い線が2本入った真っ白いサリーを着たインド人を見かけました。近寄って笑いかけると、その女性は立ち上がって手を差し出しました。私はその手を握り、「ミッショナリーズオブチャリティですね?(マザーテレサの修道会で神の愛の宣教者会)」と聞きました。シスターはにっこり笑って、「そうですよ」と答えました。

2000年に日本での仕事を辞めて、まっすぐ向かったのが、インドのマザーハウス。ここで、私は本当にたくさんのことを学びました。あの日々が今の私のベースになっています。

バグダッドにあるマザーテレサの施設には27人の障害孤児がいました。時々、夕方に訪れてはお手伝いをさせてもらったものです。あの時のシスターたちは今もバグダッドにいるのだと、今ここで出会ったシスターが教えてくれました。私が驚いた顔をすると、こう言いました。

「もちろんよ。私たちは、その国の人たちと共にあるのよ」

「イラク支援」をしていると言うと驚かれることがよくありますが、マザーテレサのシスターたちにとってはごく自然なこと。この修道会は、その国の人々の最も貧しい人々と共にありなさいというのがモットーです。バグダッドがこの世の地獄になっても、シスターたちはそこに留まり続けている。あの施設にいたシスターたち、四肢のないあるいは水頭症の子どもたちがみな無事でありますように…。

どうしていいかわからなくてもがいている時、マザーテレサの関係者が突然、目の前に現れることがあります。バグダッドでもそうでした。ヨルダンでもそうでした。そして今、エジプトで。初心に帰り、ヒントをもらい、勇気付けられます。シスターにエジプトの孤児院やセンターの話を聞きながら、マザーがレバノン内戦の戦火の中を孤児を助けに入っていった時の話を思い出していました。

最後に、このシスターにお願いをしました。
「もし機会があったら、バグダッドにいるシスターたちに伝えてください。祈っています、と」

淡々と、粛々と、凛として。憧れてもなお遠い、マザーの尊きその魂、その強さ。
by nao-takato | 2006-12-20 00:48 | イラク全体

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