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10月10日 「賛成」もしくは「死」に投票せよ。(ラマディからの手紙1)

10月15日は憲法草案に関する国民投票日。たしか、1月30日の国民選挙の前も、ファルージャはじめその周辺の町はコテンパンにやられていたっけ。あの時、国民選挙の5日前だというのに、友人は目の前でケガ人が戦車に引き潰される光景を見て、「選挙に行くと殺される……」と言っていた。現在も同様なことがアンバール州全体で行われています。そして、今回はイラク軍がさらに大量に配置されているようです。以下、友人からのメールの抜粋です。友人は投票に行って、意思を表したいと強く要望しています。しかし……

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2005年10月4日
15日の国民投票日まであと10日間あります。いまだに政府は我々に投票のための登録票をくれません。

今日、米軍とイラク軍(政府)が西部地域全域にわたって掃討作戦を開始しました。彼らは我々の街や家々を攻撃してくることでしょう。イラクの地図を見てください。カイム、ラワ、ハディーサ、ヒート、ラマディ、ファルージャ。これらの街すべてがユーフラテス川沿いにあります。この地域では、ほとんどの人が専門家と憲法について論議し、その結果15日の国民投票では「反対」に投じることを決断していたのです。しかし今、彼らは自分たちの意見を言うチャンスがありません。米軍の戦車を避けて通るチャンスもありません。イラク政府の殺しから逃れるチャンスもないのです。彼らは「憲法に反対する」と言いたいがために、死んでいくしかないのです。
10月10日 「賛成」もしくは「死」に投票せよ。(ラマディからの手紙1)_b0006916_3454998.jpgアンバール州では3カ所で米軍とイラク軍による掃討作戦が行われている(赤く囲んだ所)。左からカイム周辺、ハディーサ周辺、ラマディ周辺

2005年10月5日〜10月6日
米空軍はラマディとハディーサを攻撃し、住宅街に空爆をしました。そして、大規模な攻撃が今、カイムに向かっています。「憲法に反対する」と言う人々は、死んでいくか、家族を連れて家を離れるしかありません。しかし、それは行く場所を見つけられたラッキーな人たちに限ります。

私も、家族を連れてラマディの外のどこかへ逃げようと思いました。しかし、安全な場所などどこにもないのです。西へ行けば「死」を意味し、東へ行けばファルージャですが、そこへの道はふさがれています。結局、私は家に留まるしかありません。どこへ行っても、掃討作戦中だからです。

今、大きな試みが行われようとしています。「本当の民主主義」を求める、「本当の試み」です。私は「この憲法には賛成できない。反対する」と言いたい。しかしそれは、米軍や政府が私を殺すということを意味します。私だけではなく、家族も、家屋も壊すことを意味するのです。

どうすればいいのでしょう?「賛成」と言うべきなのでしょうか?もし、私が「賛成」に投じれば、彼らは私を殺さないかもしれません。しかし、次の世代は自己中心的な政党により多くの戦争を強いられるかもしれません……。やはり私は「反対」という選択をし、そしてそれを貫こうと思います。なぜなら私は「アメリカ式の民主主義」ではなくて、「本当の民主主義」を信じているからです。

2005年10月6日
この日、ラマディの朝は「死の微笑」で溢れました。米軍の狙撃兵があちこちの高い建物やモスクの尖塔に陣取っていました。白い車が壁にぶつかっていて、車中の老人は死んでいましたが、その近くに狙撃兵がいることに私は気づいていませんでした。彼の後頭部には2発の弾痕があり、数人の人が私を止めて小道を通って壁伝いに家に帰るように言ってきました。3人の地元の若者でした。彼らはこの老人が米兵に狙撃されたことを教えてくれました。老人の遺体を運び出そうとしたけれど、狙撃兵が彼らにも発砲してきたので、できなかったということでした。

イラク軍がラマディに入ってきました。イラク兵を満載にした3台のトラックと1台のジープが、ラマディの市場に入ってきたのです。彼らは市民に向けて発砲し、理由もなしに脅かし始めました。市民は逃げ惑い、市場は空っぽになりました。イラク兵は商店のドアを壊し、電化製品、冷蔵庫、テレビなどをトラックいっぱいに積み出しました。ただの泥棒と化したイラク兵。それを見ていた市民が口々に叫び出しました。「彼らはイラク兵じゃない。バドル軍団だ」
(※イランから流入してきたシーア派民兵ですが、イラク警察、イラク軍に多く採用されているようです。米軍が訓練するイラク軍の特殊部隊「ウルフ」もこのバドル軍団が多く含まれているとのこと)

数人の地元の若者たちがイラク兵の行為を止めようとしましたが、殺されてしまいました。しばらくして、他の若者たちが銃を持ってやってきて、イラク兵に攻撃を加え彼らを脅し始めました。50人以上いたイラク兵のほとんどが死に、残りはこの銃武装した若者たちに連れていかれました。

私はイラクで最も戦闘の激しい地域に住んでいます。もし、米軍もイラク政府軍もいなければ安全に移動することができるのに……。なぜ、彼らは我々を殺そうとし、銃を持たせるように仕向けるのでしょうか?彼らは私たちに、平和的手段ではなく力づくでアメリカ人と友人になれと言うのです。

現在、夜の10時。ヘリコプターと戦車が動き回っています。爆撃の音が聞こえます。彼らは住宅街を攻撃し、目に映るすべての者を殺しているのです。そう、今は夜。夜は彼らにとって、殺しの時間。私たちにとっては、生き延びるためにもがき苦しむ時間なのだ。兵士たちには殺す権利があって、私たちに生きる権利はない。私はただ、朝になって家族全員が生きているということを確認できればと願う。それが、今の私の最大の願いなのです……。
おやすみなさい。

2005年10月7日
おはよう。眠れませんでした。今は朝6時。夜が冷え込む季節になってきましたが、私は庭で寝なければなりません。外には米軍がいて、彼らはいつでもうちの門に突入してくることができるので、私は外で寝て怯える家族を守らなければなりません。外で寝て家族を守ろうとする時に、英語を話せることはとても役に立ちます。私は米軍が何を欲しているのかが理解できます。さらに、彼らに私たちの家族が平和的な家族だということを英語で説明ができるし、彼らが欲しているものを家の中で示すこともできます。庭で寝るようになってもうすぐ3年になります……。

私は絶対に銃は持ちません。私が言えることは「私たちは平和的な家族です」と英語で言うだけです。近所の人たちは、私の家族のことを英語を話せる息子がいてラッキーだと言います。

6日の朝、数台の米軍戦車が私の家の前に停まっていました。これは、家から出ると殺されるということを意味しています。私は米軍の狙撃兵が友人のアリの家を占拠しているのを発見しました。彼らは屋上にいました。いつものように、狙撃兵は目に映るすべての者を撃てという命令を受けているようなので、私たちはみな、家から一歩も出ずにドアと窓を閉め切るのです。

2時間の沈黙の後、一人の狙撃兵が腕試しにロバを撃ち殺しました。ロバはただ道を歩いていただけでした……。かわいそうに、このロバは、米軍はロバだろうが何だろうが殺すということを信じていなかったのでしょう。愚かなことです……。

沈黙は昼の12時10分まで続き、やがて彼らは戦車の方向転換をし消えていきました。私は、近所の人々に何が起きたのかを確認しに出かけました。何人かが逮捕され、家具などを米軍に壊された人たちがいました。

65歳になるアブラヒームは米兵に連行され、息子のラヒームはレジスタンス(抵抗勢力)になると誓いました。私は彼に直接会ってこう言いました。
「平静を保てよ。君は生きて、お父さんの代わりに家族を守らなければならないだろう」
彼の答えは怒りに満ちていました。
「3年間も平静を保ってきたんだ。その間に兄弟が殺され、そして今度は父が連行された。絶対に抵抗勢力に加わってやる」
ラヒームは、昨年の4月12日に米軍の狙撃兵によって9歳の弟を殺されていました。私は彼ともっと話そうと試みましたが、彼は無視して家の中に入ってしまいました。

今日、私は抵抗勢力のメンバー数名に会おうと思い、彼らに会わせてくれるという友人宅を訪ねました。友人は私に市場に行くように言い、そこでメンバーに会えることになりました。抵抗勢力のメンバーに会うのはそう難しいことではありません。地元の人間なので、友人なり家族なり、誰かしらが知っているのです。15分ほど市場で彼らが現れるのを待ちました。そして、4人の若者がやってきて私に声をかけてきました。
「何の用だ?」
「私は君たちに戦闘を止めるように言いたくてやってきた。とにかく、私たちは穏やかな暮らしが欲しいのだ」
「アメリカの殺し屋たちに取り囲まれている時に、平和のことなど口にするな。奴らは占領に反対する者すべてを殺したいんだぞ。われわれは平和(非暴力)を実践してたじゃないか。それを踏み殺したのは奴らだ」
「もう一度、やってみてくれ。頼む、もう一度やってみてくれ」
「われわれはもう何度もチャレンジしたんだ。ピースウォークだって何度もやった。だけど、いつも米軍は参加者を殺したじゃないか!」
「私たちはそれぞれの命を大切にしなければならない。すべての命が大切なんだ。家族たちはみな苦しんでいるじゃないか。われわれは彼らを助けなければならないはずだ」

「ひとこと言わせてくれ。アメリカは泥棒と殺し屋をイラク政府に選んだんだぞ。そして、その政府の考えに背くものはすべて皆殺し。もし、われわれがアメリカに対しての戦いを止めてしまったら、その泥棒たちは安心して次の100年間、すべてを手に入れることだろう。われわれはイラク人を守らなければならないし、イラク人を殺す戦車を止めなければならないのだ」

「だけど、私は今、自分の家族のことや、戦闘で傷つく人々のことが心配だ。君たちは他の方法で人々を守る方法があるはずだ。泥棒を監視して、法律で彼らを罰する……」

「法律だって?法なんてクソ食らえ、と思っているような政府だぞ。彼らは自分たちに同意しない人たちを逮捕し、刑務所の中で殺しているんだぞ。そして、世界に対しては“イラク人はテロリストだ!”と平気で言う。政府の奴らなんて、自分たちが殺したことは棚に上げて、殺された人のことを“テロリスト”呼ばわりだ。もし、あんたが米軍に殺されたなら、あんたは“テロリスト”になるってことだ。だけど、もしあんたが米軍を殺せば、奴らは抵抗勢力を非難するわけさ。彼らはただ強者になりたいがために殺し続けているんだ。ただそれだけのためさ」

「穏やかに暮らしたい、私に必要なのはそれだけだ」

「われわれは、アンバール州のサービス全般を管理し、価格高騰を防ぎ、物価を安定させることに成功している。バグダッドのサービスはひどいなんてもんじゃないし、価格は高騰しまくっている。われわれはアンバール州の住民の生活を守っているんだ。逆に、政府が市民生活をひどい状況に押しやっているんだ。米軍との戦闘がこんなに激しいにもかかわらず、あんたは十分な食料があるだろう?バグダッドは食料も水も受け取れない人たちがどのくらいいる?なぜなら、政府が市民の食料やサービス供給を奪っているんだ……。そろそろ行かないと……。気をつけろよ、家族の面倒をしっかりみてやれ。われわれはなるべく戦闘はしないようにする。とにかく、われわれはこの憲法草案を止めたい。投票しようと思う。たとえ、政府がわれわれをその前に殺そうとしてもな」

彼らは車に乗り込んで、行ってしまった……。

家に帰る途中、肉屋の前を通りかかった。私は店主に価格について聞いてみた。4500ディナール。この値段はバグダッドの7500ディナールに比べると確かにかなり安い。店主にその理由を尋ねてみた。
「ラマディは戦闘が続いているのに、なぜ物価が保たれているのか?」
「抵抗勢力がラマダン(断食月)に向けて価格を調整しているから、価格を引き上げることはできないんだよ」、そう店主は言った。

私は薬局の主人も同じようなことを言っていたのを思い出した。
「なぜアンバール州の薬はバグダッドより品質が保たれているのか?」
(※以前にバグダッドなどで期限切れの薬が出回っていたことがあった)
「取り扱わない方がいい品質の悪い薬や、だめになってしまった薬のリストがあるんだ」

今、私は家路に着きながら、わが町の住民たちが成し遂げた数々の実績について考えている。そして、彼らが非暴力でこのようなすばらしいことをやり続けてくれることを望んで止まない。わが町において私が最も望むことは占領軍の撤退だ。なぜなら、彼らはわが町への復讐心に燃えているからだ。

今日は静かな日だ。戦闘がない。米軍が午後1時にラマディから出ていった。そして、ヒートからカイムにかけて、ユーフラテス川に架かる8つの橋を壊していった。
by nao-takato | 2005-10-11 04:17 | ラマディ/ファルージャ

リアルタイムでイラクの今をお知らせする為の公開日記


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