7月26日 バージョンアップの夏
2005年 07月 26日
今、私は「バージョンアップ」の最中だ。私の中にはいろんなものが堆積していて、まさにキャパシティオーバー。私のディスクはこれらを抱えきれないし、処理速度もにぶくなっていた。フリーズすることもたびたび。抱えられないなら、「ゴミ箱」に入れてしまって、「完全にゴミ箱を空にする」ってしたらいいのだけど、それにはまだ早いことに気がついた。未処理の「ファイル」が多いから、自分自身の容量を大きくすることにした。
バックパックを背負って旅をしていた頃、重くて重くて汗だくだったけど、次第に私は体力をつけてバックパックを背負ったまま、トイレにも行けるようになっていた。そういうことだ。私は強くなるべきなのだ。そして、もう一度「イラク」を私の中にインストールする。アプリケーションはこの世の中で一番有効な「Love」にしよう。そう決めた「バージョンアップの夏」だった。ところが、簡単には行かない。不安が大波となって襲ってきてしばしば私をフリーズさせる。
6月のヨルダンでも、そんな風にへこんでいたわけで。そんなときに何気なくのぞいた映画館でマザーテレサの姿を見つけた。青いラインが2本入った白いサリーを着たマザーのポスター。走りよって見てみると、オリビアハッセー主演となっていた。ポスターには「イスラム教徒はよりよいイスラム教徒に、ヒンズー教徒はよりよいヒンズー教徒に、キリスト教徒はよりよいキリスト教徒になりなさい」と書いてあった。思わず、イラクの友人に「大至急来て!」と電話した。彼は面倒くさがっていたけど、来てくれた。オリビアハッセーはマザーにそっくりだった。晩年になってからの猫背としわの感じはうりふたつだった。英語の話し方も似ていると思った。観終わってからイラクの友人が「君が一人の力にこだわる理由がわかったよ」と言ってくれた。私はマザーの話をもっと知ってもらいたくて、彼にずっと話していた。「彼女は人間を信じる力がすごい。彼女の強さに私は憧れる」と言った。そう言葉にしたら、初心に帰った。
マザーがまた教えてくれた。信じることを教えてくれた。けれど、私には彼女のような強さはない。私はどうしようもなく臆病。何にも傷つけられない強さを彼女は持っていた。いや、傷つけられても再生する力を持っていた。私にはそれが足りない。
もし、今ここにマザーが生きていたなら、私はこう訊ねるだろう。
「一滴の水はいつか大きな海原になるでしょうか?」
バックパックを背負って旅をしていた頃、重くて重くて汗だくだったけど、次第に私は体力をつけてバックパックを背負ったまま、トイレにも行けるようになっていた。そういうことだ。私は強くなるべきなのだ。そして、もう一度「イラク」を私の中にインストールする。アプリケーションはこの世の中で一番有効な「Love」にしよう。そう決めた「バージョンアップの夏」だった。ところが、簡単には行かない。不安が大波となって襲ってきてしばしば私をフリーズさせる。
6月のヨルダンでも、そんな風にへこんでいたわけで。そんなときに何気なくのぞいた映画館でマザーテレサの姿を見つけた。青いラインが2本入った白いサリーを着たマザーのポスター。走りよって見てみると、オリビアハッセー主演となっていた。ポスターには「イスラム教徒はよりよいイスラム教徒に、ヒンズー教徒はよりよいヒンズー教徒に、キリスト教徒はよりよいキリスト教徒になりなさい」と書いてあった。思わず、イラクの友人に「大至急来て!」と電話した。彼は面倒くさがっていたけど、来てくれた。オリビアハッセーはマザーにそっくりだった。晩年になってからの猫背としわの感じはうりふたつだった。英語の話し方も似ていると思った。観終わってからイラクの友人が「君が一人の力にこだわる理由がわかったよ」と言ってくれた。私はマザーの話をもっと知ってもらいたくて、彼にずっと話していた。「彼女は人間を信じる力がすごい。彼女の強さに私は憧れる」と言った。そう言葉にしたら、初心に帰った。
マザーがまた教えてくれた。信じることを教えてくれた。けれど、私には彼女のような強さはない。私はどうしようもなく臆病。何にも傷つけられない強さを彼女は持っていた。いや、傷つけられても再生する力を持っていた。私にはそれが足りない。
もし、今ここにマザーが生きていたなら、私はこう訊ねるだろう。
「一滴の水はいつか大きな海原になるでしょうか?」
by nao-takato
| 2005-07-26 18:52
| 心/瞑想



