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3月25日 家と心の関係。

3月10日にバグダッドの自立支援プロジェクトを手伝ってくれている友人から「緊急!」と書かれたメールが届いた。ボーイズたちが施設を出ていかなければならない状況になったというのだ。

このローカルNGO(イラク人による)はバグダッドのある地区で12歳以下の男の子たちを対象に受け入れていた。私も事件の前にはバグダッドで何度かここのスタッフと話したことがある。そこを、2004年4月のあの拘束事件以降、この施設が受け入れてくれていたのだ。要するに間借り、というか居候状態だったという感じ。私の友人が、「君がイラクに入れない間、僕に何でも言ってくれ」と言われたので、私は彼にこのNGOに12歳以上のボーイズを受け入れてくれるように交渉してほしいと頼んだのだった。彼はそのとおりに実行してくれ、NGOはその通りに受け入れてくれた。ボーイズはここで生活をはじめ、ここからそれぞれの就職先へと通っていたのだ。

ローカルNGOは4月から受け入れ対象を12歳以下に戻したいということだった。私も彼も一瞬驚いたが、すぐにそれを受け入れた。きっと、彼らのプログラムがあるのだと思ったし、これはある意味、自立支援プロジェクトが本格的に動き出す時なのかも、と思ったからだった。友人はすぐさま施設になりそうな物件を探してきた。ずいぶんと大きな建物らしい。しかし、その反面ずいぶんとボロイらしい。彼の頭の中では、その建物の半分をボーイズの居住スペース、もう半分で少年たちに技術訓練をする場所も作れると考えついたらしい。かなりアイディアが膨らんだようだった。そして最後に彼は私に「どうする?プロジェクト続けるか?」と聞いてきた。せっかく就職訓練を受けるようになって正式に雇用される者も出てきているのに、ここでまた宿無しになったら元の木阿弥じゃないかよぅ。もちろん、やります!と私は答えた。

私は彼に「建物はデカイがかなりボロイので修繕も家具も必要だ」と言われて、すぐに「これはイケル!」と思った。建物の修繕も家具も、ボーイズたちにやらせてほしいと私は彼にお願いした。ここには身寄りのないボーイズたちが共同生活をすることになる。ならば、その少し汚れて傷ついた家を、少し汚れて傷ついたボーイズ自身に直してほしいと思ったのだ。そして、さっぱりした部屋の中で、「何が一番自分たちに必要な家具なのか」ということをボーイズ自身に考えてもらい、そしてせっかく家具職人の訓練を受けている子たちに作ってもらいたかったのだ。彼らはいつも施設に呼ばれては、置いてあるきれいなソファを乱暴に扱い、壊れても平気だった。でも、時間をかけて考えて、時間をかけて自分たちで作った家財道具なら、大事にするかも。何より、「家を再建する」ということは「心の再建」になる。これはファルージャでも実証済みだ。

3月18日に、建物の再建工事が友人たちとボーイズたちで始められた。ボーイズもみんな、日本からのGOサインを心待ちにしていたらしい。徐々に、彼らの「スウィートホーム」ができて、部屋の中には彼らが「必要」と思って大事にする家財道具が増えていくだろう。生活に思いをめぐらすことで、彼らの心の中も整理されていくことを願う。これは家族を失ったバグダッドのボーイズにはいいきっかけになると思う。彼らとはこの先まだ会えそうもないけれど、この家でつながっていられるのだ。イラクと日本がここでつながっているのだ。

友人からのメールを日本語にしました。
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親愛なるナホコサン
今日、3月18日は実質的に「ナホコハウス」誕生の日になります。私はボーイズたちと最後のミーティングを開きました。8人のボーイズがこの家の修繕工事と技術訓練所の建設を始めます。他のボーイズたちはずっとお世話になっている職場で休暇が取れなかったので、通常どおりの仕事を続けています。

彼らは民主的な選挙を開き、この家の寮長に君の長男であるアッバース(靴下をくれた男の子。詳しくは過去ログをごらんください)が選出されました。アッバースは、今日ミーティングでみんなが決めたルールをボーイズが守るように努め、その責任を負うという大役です。この大きな変化を見てほしい。アッバースはもう大人です。彼はもう善悪の判断のつく立派な大人なのです。

ボーイズたちはこのプロジェクトに興奮しています。彼らは人生において初めて家や本当の「家族」というものを実感しているのです。そして、恐れることなく明日に向かって生きて行こうと感じているのです。写真を送ります。君がボーイズたちにしてくれたことを見てください。

どうかこのプロジェクトの最も重要なことを、友人である日本のみなさんい伝えてください。この子たちは1日中ドラッグに耽り、犯罪に手を染めてしまうギリギリの所にいたのです。しかし、彼らに何が起きたのでしょう。見てください。彼らは仕事を持ち、身ぎれいになり、自身の手で収入を得るようになった。ほとんどの子たちが新しい家族を作ることを真剣に考えるようになりました。というわけで、私はバグダッド市内にある女子孤児院(※彼は以前から女子孤児院にも世話役として関わっていた)に行き、同じ思いを持つ女の子を探しに行くことになりました。これは、もうひとつの問題の解決にもなるということです。すでに何人かは将来生まれてくる子供に君の名前や僕の名前をつけたいと言っています。友人である日本のみなさんのお心遣いがこの子たちの未来を救ってくれました。本当にありがとうございました。
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家族を失ったボーイズが、新しい家族を作ってほしいというのが私の夢でもある。きっとたくさんの出会いがあるだろう。道端で、バスの中で、市場で、紹介で、いろんな所で恋を見つけることだろう。そして、愛する存在を見つけてほしい。守りたいと思う家族を持ってほしいと思う。戦争の傷はやっぱり愛という名の水で洗い清めてほしいのだ。
b0006916_2335332.jpgミーティング中のボーイズ。こんな真剣に大人と話ができるようになるなんて、うれしいです。私のアパートで使っていた家財道具もまだ友人宅にあるし、使ってもらおうかなぁ。
by nao-takato | 2005-03-25 22:56 | 支援/プロジェクト

リアルタイムでイラクの今をお知らせする為の公開日記


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