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家族

ファルージャ総攻撃から10年。
昨年末からファルージャとラマディはまたしても戦火に焼かれている。
ただの記念日ではなくなってしまった。

1月、逃げ惑う友人たちの様子を聴いて、自宅で夜中に1人で泣いたのが1回。
2月、イラク国内でイラク人に囲まれていたし、緊急支援で忙しかったからか、自分を保てた。
3月、ヨルダンで1人になって、強烈な喪失感に襲われたり、
恐ろしい現状報告の詳細を調べたりして、号泣、数回。
買い物中でも、お一人様外食の時でも、突然わっと涙が溢れてきて、困った。

一度に抱えるには多すぎる感情にもがき苦しんだ。
ファルージャとラマディは、
私にとって一番身近なイラク。
そこに住む友人たちも、建物も、一番よくわかる。
たくさんのプロジェクトを展開してきたところ。
そこで破壊がくり返され、命が奪われていくことへの怒り、絶望、無念さ、無力感。

ファルージャ総攻撃10年。
それは、イラクで事件に巻き込まれてから10年。
映画「ファルージャ」が公開されたこともあって、
気づかぬうちに心が不安定になっていたかもしれない。
ファルージャやラマディからの恐ろしい報告を受け取るたびに、
自身の体験を思い出してしまって苦しい。

切断されたスンニ派の青年の頭が、
イラク軍兵士の軍靴に踏みつけられて、
もう一人の兵士が携帯電話で写真を撮っている写真を見た時、
目隠しのまま床に寝かされ、首に剣を置かれた時の感覚を思い出した。
「私は生きてる…」と写真と自分を見比べてしまった。

ファルージャの青年のご遺体に火をつけ、
その周りで狂喜乱舞するイラク軍兵士の映像を見た時、
「生きたまま焼き殺す」と言われたことを思い出した。
私の家族はどれだけ動転したことだろう。

「テロには屈しない」という姿勢を崩さない(崩せない)政府に、
自衛隊撤退を要求することがどんだけあり得ないかをよくわかっていながら、
私のために要求せざるを得なかった家族。

「通常ではこうなります」と何度もくり返された家族は、
机を叩いて「これは通常ではない」と言い返した。
米軍に突入してもらうという説明を聞かされ、
「それだけはやめてください」と泣きながら訴えた。
家族は猛烈な批判にさらされた。

私が即座に殺されていれば、
家族は黙ってそれを受け入れただろう。
家族は私がイラクで何をしていたかを誰よりもよく知っていたから。

けれど、私を救えるかもしれないという一縷の望みがそこにあった時、
しかも、3日間という期限がついた時、
家族は冷静ではいられなかった。

焼けただれた遺体を引き取りに行くのか、
あるいは、切断された首を胴体にくっつけようとするのか。
それを避けるできるだけのことをしたいと右往左往したことだろう。

家族はバッシングにも耐え続けた。
自分たちがどれだけ酷い目にあってきたかを私にはずっと黙っていた。
私が暗い顔して家を出て行くたび、
父はいつも黙って空港まで私を送ってくれた。
私がくじけそうな時、
母はいつもすぐに気づいて励ましてくれた。
みんな私の背中を押し続けた。

なりふり構わず訴える弟と妹の映像を事件後に初めて見た時、
心の底から「この家族で良かった」と思った。
どんなに世間から批判されても、
私にはこれ以上ないくらい最高の家族だと思った。
私にはこの家族が必要だと思った。

今回も、私が1人でこっそり泣いてること、
家族にはバレていた。

この家族でなければ、
この十年を乗り切れなかったと思う。

次の人生もこの家族で集まりたいと思っている。
願わくば、もっと穏やかな人生で。
by nao-takato | 2014-04-07 23:37 | 心/瞑想

リアルタイムでイラクの今をお知らせする為の公開日記


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