ファルージャ医療ミッションはどのように実現したか。
2012年 07月 04日
昨日も今日も、アメリカ人とイラク人から喜びの声と写真と報告が届いています(^^)/
ファルージャ心臓ケアセンターの開所式の様子。
ファルージャ初、カテーテル手術を受けた女の子。
早朝から夜遅くまで献身的に働くドクター・カークと国際医療チームの姿に、イラク人パートナーのワセックも「言葉にならないほどの感動」と報告してきました。
以下、今回のファルージャ医療ミッションがどのようにして実現に至ったかを記した記事を転載いたします。拙文で恐縮ですが、ご一読いただければ幸いです。

終わらないイラクホープダイアリー連載3回目@平和新聞
<日本人にこそできる事>
イラクへの先制攻撃 [Preemptive Attack]に身を投じたのは、多くが二〇代の若者だった。そして今、同じアメリカからイラクに飛び込んできたのは、[Preemptive Love](※”攻撃”を”愛“という単語に変えてある)と名乗る若者たちだ。
イラク戦争後、米軍使用の兵器の影響だとして、各地で健康被害の増加が訴えられてきているが、中でも新生児に最も多くみられる先天性疾患の一つが心臓だ。しかし、今のイラクの医療環境と技術では手術はほぼ不可能で、基本的に海外で手術を受ける他ない。手術を待つ子どもたちは、イラク国内に3万人いるとみられている。
現在、私が最も力を入れているのは、こうした先天性心疾患の子どもたちへの医療支援だ。パートナーはアメリカのNGO「PLC (Preemptive Love Coalition)」だ。
PLCは、2007年にイラクのクルド自治区で、先天性心疾患の支援に特化したNGOとして二十代のアメリカ人青年たちによって立ち上げられた。08年からは、「国際子どもハート基金」(チェルノブイリでも多くの子どもたちの心臓ケアを行ってきた国際医療組織)と連携して医師をイラク国内の病院に派遣し、小児心臓手術と医療訓練を集中的に行うミッションを展開している。
これまでに237ケースの手術が行われ、医療訓練は36,000時間に及び、最近ではイラク人医師が執刀するケースも増えてきている。手術同様、これまで医師の研修と言えば海外でするしかなかったが、国内で外国の優れた技術を学べるこのミッションで、イラク人医師と看護師たちは着実にスキルアップしてきている。
■"反米"強い地域でも
昨年六月、イラク南部ナシリヤでのミッションに参加し、実際に手術現場に立ち会い、日本からのカンパで文字通り「命が救われる」場面を見届けることができた。この時は、18人が手術を受け、院内死亡率はゼロだった。患者一人にかかる経費はおよそ600ドル(およそ5万円)だ。今では、PLCのこの医療支援活動はイラクで唯一のものと認知され、米国内でも評価が高まっている。
ただ、彼らにはどうしても越えられないハードルがあった。反米意識の強い地域へのアプローチだ。それは、私がイラク戦争当初からカバーしてきているエリアであり、お互いに協力し合おうと言い出すのに時間はかからなかった。こうして私たちは、かつての最激戦地ファルージャで医療ミッションを実現すべく動き出した。
そうは言っても、米軍に傷つけられた医師や住民が、軍人ではないにせよ、アメリカ人と打ち解けるのは簡単ではない。イラク人の医師や友人と、PLCメンバーをメールでつなげても、イラク人からの返信は常に私宛だった。PLCは、親米のクルド地域や、イラク戦争後に米軍の攻撃を受けてこなかった南部とはまるで違うファルージャ住民の態度に戸惑っていた。
それでも、PLCスタッフが直接ファルージャの病院を訪ねるなどし、お互いの顔を見ながら「子どもの命を救う」という共通目標を認識、距離は縮まっていった。
■いつか車座になって
先月、ラマディ、ティクリートの医師たちをイラク北部クルド自治区に招いた。7月に予定しているファルージャでの医療ミッションに近隣の町で同様の患者を多く抱える医師たちに見学してもらいたいと考え、PLCに紹介することにしたのだ。医師たちが示す先天性異常の多発、出産データや映像は、とにかくショッキングであったが、私が今回の会議で最も成果があったと思うのは「平和構築」だ。
イラク人たちは米軍からいかに酷い扱いを受けてきたか、どのように肉親を失ったかを話し、アメリカ人たちはその話に黙って耳を傾ける。日本人の私は、会話をつなげ、両者が協同できることをどんどん提案していった。
「いつか君たちの住む町で家族を作り、子どもを育て、町の人たちと車座になってお茶を飲むのが僕の夢だ」
アメリカ人がそう言うと、イラク人はこう答えた。
「あなたたちのプロジェクトを信じます。きっとあなたたちが、銃を持たずに私たちの町に来る最初の(アメリカ人)になるでしょう。そして人々に新たな印象を与えるでしょう」
日本人の役割はまだまだあると思えてきた。イラク戦争に参戦してもなお、「平和の民」と言われる日本人だからこそできる「平和構築」がありそうだ。
(左上写真)
反米感情の強い地域で米NGOは信頼を得ることができるか。右からイラク人医師、筆者、米NGOスタッフ=2012年4月スレイマニヤ(提供=PLC)
(右下写真)
ナシリヤ心臓ケアセンターで小児心臓手術を行うイラク人医師と看護師、国際医療チームのメンバー=2011年6月ナシリヤ(撮影=筆者)
イラク支援ボランティア高遠菜穂子
※追記
昨年、「沖縄平和市民連絡会」さんよりイラク支援協力のオファーをいただき、このファルージャ医療ミッションの内容をお伝えしたところ、メインドナーを引き受けてくださいました。米NGOは「メインドナーの皆様に心より感謝します。大変な貢献です。そして、このきっかけを作ってくれなければ、私たちは何もできなかったでしょう」とメッセージをくださいました。
ファルージャ心臓ケアセンターの開所式の様子。
ファルージャ初、カテーテル手術を受けた女の子。
早朝から夜遅くまで献身的に働くドクター・カークと国際医療チームの姿に、イラク人パートナーのワセックも「言葉にならないほどの感動」と報告してきました。
以下、今回のファルージャ医療ミッションがどのようにして実現に至ったかを記した記事を転載いたします。拙文で恐縮ですが、ご一読いただければ幸いです。

終わらないイラクホープダイアリー連載3回目@平和新聞
<日本人にこそできる事>
イラクへの先制攻撃 [Preemptive Attack]に身を投じたのは、多くが二〇代の若者だった。そして今、同じアメリカからイラクに飛び込んできたのは、[Preemptive Love](※”攻撃”を”愛“という単語に変えてある)と名乗る若者たちだ。
イラク戦争後、米軍使用の兵器の影響だとして、各地で健康被害の増加が訴えられてきているが、中でも新生児に最も多くみられる先天性疾患の一つが心臓だ。しかし、今のイラクの医療環境と技術では手術はほぼ不可能で、基本的に海外で手術を受ける他ない。手術を待つ子どもたちは、イラク国内に3万人いるとみられている。
現在、私が最も力を入れているのは、こうした先天性心疾患の子どもたちへの医療支援だ。パートナーはアメリカのNGO「PLC (Preemptive Love Coalition)」だ。
PLCは、2007年にイラクのクルド自治区で、先天性心疾患の支援に特化したNGOとして二十代のアメリカ人青年たちによって立ち上げられた。08年からは、「国際子どもハート基金」(チェルノブイリでも多くの子どもたちの心臓ケアを行ってきた国際医療組織)と連携して医師をイラク国内の病院に派遣し、小児心臓手術と医療訓練を集中的に行うミッションを展開している。
これまでに237ケースの手術が行われ、医療訓練は36,000時間に及び、最近ではイラク人医師が執刀するケースも増えてきている。手術同様、これまで医師の研修と言えば海外でするしかなかったが、国内で外国の優れた技術を学べるこのミッションで、イラク人医師と看護師たちは着実にスキルアップしてきている。
■"反米"強い地域でも
昨年六月、イラク南部ナシリヤでのミッションに参加し、実際に手術現場に立ち会い、日本からのカンパで文字通り「命が救われる」場面を見届けることができた。この時は、18人が手術を受け、院内死亡率はゼロだった。患者一人にかかる経費はおよそ600ドル(およそ5万円)だ。今では、PLCのこの医療支援活動はイラクで唯一のものと認知され、米国内でも評価が高まっている。
ただ、彼らにはどうしても越えられないハードルがあった。反米意識の強い地域へのアプローチだ。それは、私がイラク戦争当初からカバーしてきているエリアであり、お互いに協力し合おうと言い出すのに時間はかからなかった。こうして私たちは、かつての最激戦地ファルージャで医療ミッションを実現すべく動き出した。
そうは言っても、米軍に傷つけられた医師や住民が、軍人ではないにせよ、アメリカ人と打ち解けるのは簡単ではない。イラク人の医師や友人と、PLCメンバーをメールでつなげても、イラク人からの返信は常に私宛だった。PLCは、親米のクルド地域や、イラク戦争後に米軍の攻撃を受けてこなかった南部とはまるで違うファルージャ住民の態度に戸惑っていた。
それでも、PLCスタッフが直接ファルージャの病院を訪ねるなどし、お互いの顔を見ながら「子どもの命を救う」という共通目標を認識、距離は縮まっていった。
■いつか車座になって
先月、ラマディ、ティクリートの医師たちをイラク北部クルド自治区に招いた。7月に予定しているファルージャでの医療ミッションに近隣の町で同様の患者を多く抱える医師たちに見学してもらいたいと考え、PLCに紹介することにしたのだ。医師たちが示す先天性異常の多発、出産データや映像は、とにかくショッキングであったが、私が今回の会議で最も成果があったと思うのは「平和構築」だ。
イラク人たちは米軍からいかに酷い扱いを受けてきたか、どのように肉親を失ったかを話し、アメリカ人たちはその話に黙って耳を傾ける。日本人の私は、会話をつなげ、両者が協同できることをどんどん提案していった。
「いつか君たちの住む町で家族を作り、子どもを育て、町の人たちと車座になってお茶を飲むのが僕の夢だ」
アメリカ人がそう言うと、イラク人はこう答えた。
「あなたたちのプロジェクトを信じます。きっとあなたたちが、銃を持たずに私たちの町に来る最初の(アメリカ人)になるでしょう。そして人々に新たな印象を与えるでしょう」
日本人の役割はまだまだあると思えてきた。イラク戦争に参戦してもなお、「平和の民」と言われる日本人だからこそできる「平和構築」がありそうだ。
(左上写真)
反米感情の強い地域で米NGOは信頼を得ることができるか。右からイラク人医師、筆者、米NGOスタッフ=2012年4月スレイマニヤ(提供=PLC)
(右下写真)
ナシリヤ心臓ケアセンターで小児心臓手術を行うイラク人医師と看護師、国際医療チームのメンバー=2011年6月ナシリヤ(撮影=筆者)
イラク支援ボランティア高遠菜穂子
※追記
昨年、「沖縄平和市民連絡会」さんよりイラク支援協力のオファーをいただき、このファルージャ医療ミッションの内容をお伝えしたところ、メインドナーを引き受けてくださいました。米NGOは「メインドナーの皆様に心より感謝します。大変な貢献です。そして、このきっかけを作ってくれなければ、私たちは何もできなかったでしょう」とメッセージをくださいました。
by nao-takato
| 2012-07-04 19:05
| 支援/プロジェクト