彼女の悲鳴はニュースにはならないでしょう。

ヨルダンに来て仕事を始めると、現実に目を見開かされる。
イラク支援をしているので、ヨルダンを「現場」と呼ぶべきではないかもしれないけど、
今の状況はもう完璧にイラク支援の「現場」だ。

昨日、4ヶ月前にヨルダンにやってきたというイラク避難民の女性に会った。
年齢は聞かなかったけれど、24年間小学校で教師をしていたというから50歳代と思う。
昨年の11月12日、バグダッドのバグダッドジャディーダでのこと。
彼女は仕事帰りにパンを買いに市場へ寄った。
暗くなる前に自宅に帰ろうと家路を急いでいたところに、爆弾が炸裂した。
一瞬にして彼女の右足が吹っ飛んだ。

「右耳の聴力も失った」と彼女は涙を浮かべた。
24年間務めた教師の職も、家も、何もかも失って結局祖国を後にしたと言って、もう一度涙を拭いた。たった、5ヶ月前のこと。彼女の時間はそこで止まってしまっているようだった。
毎晩のように、泣いたり取り乱したりしてしまうそうだ。

その日一緒にいた妹も負傷し、身体には破片が残っているが、
妹はバグダッドに残って医者として働いているそうだ。
毎月バグダッドから100ドルずつ仕送りをしてくれるという。

義足は、バグダッドにいる友人たちのカンパで買ったのだそうだ。
左足のふくらはぎは、一瞬ぎょっとしてしまうほど大きな傷跡が残っている。
一部は感覚がなくなってしまっているらしい。
でも、右足はまだ痛む。義足をつけるともっと痛いけど、歩けるのはありがたいと。
静かに義足を外しながら言った。

b0006916_41346.jpg2003年、必要のない戦争で始まった悪夢。
時とともにイラクは地獄のレベルを更新していった。
それでも、彼女はバグダッドに留まり、教師を続けていた。
占領軍が「治安回復」と唱え始めた2008年、
彼女はこれ以上ない衝撃を受けて右耳の聴力と右足を失う。
やっとイラクにも希望が見えてきたかとみなが口をそろえた矢先の出来事。

「あなたのことを書いてもいいですか?写真付きで」
帰る直前に、思い切って切り出した。
「もちろんです。多くの人にイラクを伝えてくださるなら」
多くの人に伝わってほしいと願いながら、彼女の写真を載せます。
[PR]
by nao-takato | 2009-04-10 04:26 | 支援/プロジェクト

リアルタイムでイラクの今をお知らせする為の公開日記


by nao-takato