カーシムが帰国しました。
といっても、イラクの隣国シリアまでです。
そこからイラクまでは陸路。
今回は、本当に心が疲れたツアーだったと思います。
4年ぶりに触った軍服。
米軍基地だらけのオキナワ。
複雑な思いを抱えた二度目のヒロシマ。
いろんな気持ちや思い出が噴出し、辛かったことと思います。
でも、その分、日本の人々、特に学生たちに大きなきっかけを与えることができたのではないかと思っています。
そして、私たちはたくさんのことを学びました。
「一歩前進する」というのは苦痛を伴うこと。
「戦争を伝える」ことの難しさ。
現在進行形の日本の戦争と占領を知ることは、国際社会を知る近道だということ。
帰国前日、名古屋の高校生4人と2時間半にわたるディスカッションをしました。
札幌清田高校の生徒もかなり関心が高かったようですが、愛知県は、学校の枠を超えて生徒も先生も実に熱心。そんな高校生から「カーシムさんにとって”平和”ってどんな意味を持ちますか?」という質問を受けて、彼はこう答えました。
「僕は”平和”というものをほとんど体験したことがないからよくわからないのだけど……。本当の平和っていうのは、”戦争をしないこと”と”戦争に巻き込まれないこと”だと思う。でも、日本はすでに”戦争に巻き込まれている”…。東京でいろいろな状況を目の当たりにしたのだけど、これは、戦争の時代に突入する前のイラクの状況にそっくりだと思った」
私はこれに付け加えて、アメリカの高校生たちが”戦争に巻き込まれていく”様子をお話しました。高校生は「イラク戦争」の国イラクでだけ、特別な軍国教育がなされていると思っていたようなので、自由の国アメリカの高校生たちが、貧困や借金でカンタンに”戦争に巻き込まれていく”ことに驚いていました。
その後、セイブイラクチルドレン名古屋のみなさんと、中部地方でずっとカーシムのアテンド兼通訳をしてくれたRさんと食事をしました。
そこでこんな会話がありました。
ナゴヤ:「名古屋の女医さんがタダで左肩のクラスターの破片を摘出してくれるって言うけど、どうする?」
カーシム:「うーん、取りたくないです」
ナゴヤ:「なんでー!?」
カーシム:「これは、取ってはいけない気がするからです…死んだ友人のために」
同じ塹壕にいた戦友がクラスター爆弾で吹っ飛ばされた話をして込み上げた思い。
伊江島の『ヌチドゥタカラの家』資料館で、カーシムに蘇った戦場の音と臭い。
ヒロシマの『原爆資料館』で、劣化ウラン弾の受け入れ難い事実と国際社会に認められていないという事実に対して感じた猛烈な反発。
ヒロシマを終え、後半戦に入ったところで北海道に戻った18日の夜。
カーシムは私の自宅で号泣しました。
同じ塹壕で死んだ戦友や兄の話をしながら嗚咽し、声を上げて泣きました。
見ているのが辛くなりました。
封印していた思いが、まさに吹き出したようでした。
「戦争のトラウマ」です。
思い起こせば、5年前に出会った頃のカーシムは自暴自棄な感じがしていました。
「俺も死ねばよかったんだ」
「なぜ、俺は生きてるんだ」
激しい自責の念は、彼を追いつめていました。
それはあちらこちらに「殺意」を抱かせていました。
きっと、「殺意」は自分自身にも向けられていたはずです。
それが、報復しなければという思いを加速させていたはずです。
彼が落ち着いてから、私はフィリピンで戦死した軍服姿の叔父の写真を見せました。
満州からフィリピンのレイテ島決戦、そしてカンギポット山で息絶えた叔父さん。
当時12歳だった父が、戦後どうやって家族を支え、試練を乗り越えてきたか。
そんな話をしました。
私たちが生きている理由は何なのか。
私たちが今生きているのは、戦争で亡くなった人たちのため。
その役目はまだ終わっていない。
始まったばかりだ。
聞くべきは、彼らが死んだ時の声だけではなく、彼らが今、何を伝えたいかだと。
そして、それを伝える時、涙が流れてもいいのだと。
愛する人を亡くしたのだから、涙が出るのは自然なことなのだと。
ニュースにもならず、きちんと埋葬されることもなく、跡形もなく燃えてしまったり、肉片となって死んだ人々。
彼らが生きた証を、私たちが証言するのだと。
それが、私たちが殺されなかった意味だと。
腹を割った対話の後、カーシムが苦痛の伴う一歩を踏み出す瞬間を、私は見ました。
この翌日、大学生たちにカーシムはもう一度自らの体験と今の思いを伝えていました。イラクはまだ「戦後」になりそうもなく、先は不透明ですが、それでも日本でたくさんのヒントを得たと思います。
オキナワ、ヒロシマ、トウキョウ、イラク、アメリカ…どこででも、
おじぃもおばぁも、カーシムも、戦争を語る人たちには、覚悟がある。
語りたくないけど語らなければという、覚悟がある。
だから、戦争を聴く人たちは、覚悟を持って聴かなければと思う。
聴きたくないような話を、聴かなければという覚悟がいると思う。
耳だけではなく心で聴こうとする覚悟を持って聴くべきなのだと思う。
「イラクの友だち招聘企画 全国スピーキング&スタディツアー」のこれだけのスケジュールをこなせたのも、各地のみなさまのご尽力のおかげです。改めまして、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。