イラク開戦5周年〜イギリス前首相に直接質問しました!〜

イギリス前首相のトニー・ブレア氏にイラクのことを直接質問なんて、またとない機会だった。(※TBSの『筑紫哲也NEWS23』の特別番組で100名の市民の1人で出演し、ラッキーなことに1対1でお話できました)

「戦争は最大の環境破壊」というのはどこでも聞くし、言われることだけど、環境と戦争が相容れないこと、矛盾すること、一番よくわかっていたのは彼だったと思う。そんなわけで、スタジオに参加した市民100人からの質問もその辺が多かったように思う。環境を語る時に、戦争を避けることはできない。例えば、戦車は自動車の200台分、戦闘機は1万台分のCO2を排出するという。さらに、戦車の燃費はリッター200メートルだとか。だから、避けられない。避ければ不自然になる。

で、私は2003年のイラクでの衝撃の事件の事実確認をさせてもらおうと思って、ブレア氏に面と向かって聞いた。イラクの核管理についての質問。

b0006916_2195814.jpg「2003年、サダム政権崩壊後、バグダッドの原子力センターは米軍の管理下にあったはずだが、誰も管理していなかった。結果、周辺地域に放射能汚染が広がった。警告看板を設置したのは私たちボランティアで、撤去したのは国際NGOだった。このことについてブレア氏はどう考えるか?」

b0006916_2243878.jpg私はこの時期、国連事務所に頻繁に通い、この件を訴えてまわっていた。日本人のカメラマンが撮影した現場の写真も示し、ガイガーカウンター(放射能測定器)が場所によっては通常の2000倍〜8000倍を示していることを必死に訴えていたのだ。窓口になってくれた日本人の国連スタッフ(元日本のNGO職員)も、親身になっていろいろな部署を紹介してくれたり、レポートを上げてくれたりした。ありがたかった。

ほどなくして、IAEA(国際原子力機関)職員がイラクに入り、現場調査をした。連合軍暫定当局(当時)、つまり占領軍である米軍に提出されたそのレポートは事態の深刻さと即時撤去の必要性を示していたということだったが、IAEAはイラクを去り、世界的権威の科学雑誌には”一件落着”という記事が掲載されていた。その記事をインターネットで発見した当日、私は、放射能汚染現場に向かった。相変わらずそこには高濃度の放射性物質が横たわったままだった。

国連の複数の部署に私たちは強く警告看板の設置と、センターの管理、住民の保護などを訴え続けた。最初のうちはどこの部署でも「なんとかしなくちゃね」と言ってくれてたので、期待もしていた。ところが、ある日突然、窓口になってくれていた日本人の女性は、私がテーブルの上に出した資料を開くこともせずに押し返し、「私たちの活動はその国の許可が必要なのです。イラクの場合は連合軍暫定当局の許可です」と言ったのだ。唐突すぎて、何がどうなったのかわからなかった。今でもわからない。

b0006916_221725.jpg私たち日本人のボランティアたちは手製の警告看板をいくつも作り、現場には立入り禁止の赤テープを張りに行っていた。もちろん、被爆の可能性は高過ぎるほど高い。大学生ボランティアたちには、看板制作を中心にやってもらい、出産結婚予定のない私や同様の状況(?)の男性ボランティア、結婚子育てが済んだジャーナリストが現場に設置に行った。

b0006916_2255338.jpg住民の中には危険性を全く理解していない人たちも多く、子どもたちはその周辺で遊んでいたし、最高レベルを記録した現場の真ん前は小学校で、数百人の子どもたちがそこに通学していた。各国のメディアが現場の取材に訪れていたが、防塵マスクなどをして住民にインタビューをした後で「ここに近づくな」と警告して足早に去っていく態度に対し、住民は怒りをあらわにするようになった。
「ここに近づくなだって?俺たちはここに住んでるんだぞ。そんなに危険なら撤去してくれ!」

b0006916_2272941.jpgb0006916_2283384.jpgごもっともである。。。結局、これらの高レベルの放射性物質を撤去したのは国際NGOのグリーンピースだった。現場で彼らと出会った時、私たちは米軍からも国連からも見放された状態でほとほとまいっていた時だったが、彼らの行動は素早かった。数日後、彼らは宇宙服みたいな防護服を着た専門家を呼び撤去作業を終えた。そして、「これらの物質を管理者である米軍に返しに行くから、あなたたちも一緒に来てしっかり見てほしい」と言われた。私はバグダッドにいた日本のメディア関係者たちと一緒に、その一部始終を目撃した。グリーンピースはその後、住宅地に放射能汚染物質廃棄ボックスを設置したり、安全な貯水タンクを配布していた。グリーンピース

先週、イラク5周年を前に、アメリカの国防総省がサダムとアルカーイダの関係がまったくなかったという報告を出した。大量破壊兵器が存在しなかったことはすでに周知の通りだ。このバグダッドの原子力センターでは、核開発、大量破壊兵器の開発は行われていなかった。サダムは過去に、核開発を試みていたらしいけど、その技術を手に入れることができなくて早くに断念しているのだ。そのかわり、このセンターでは放射能を利用して農作物の品種改良などが行われていたことを、当時取材していた日本人ジャーナリストが突き止めていた。

b0006916_245820.jpg現在、イギリスでは、19歳の息子をイラクで失った母親(ローズさん)がイラク戦争の大義を調査することを求める訴えを起こしている。反戦の軍人家族
息子は何のために死んだのか?その疑問に答えてくれる人は誰もいない。ブレア氏も、今回の番組の中でイラク人留学生に「戦争の大義とされたものが次々と否定されたが、今は(あの時の決断を)どう思うか?」と問われ、「大義」については一切触れず、「サダムは脅威だった」とくり返した。しかし、今となってはサダムを憎んでいたイラク人の中にさえ、彼を懐古する人もいる。あるいは、「サダム的脅威」をイラクにも世界中にも増殖させたと言えるだろう。(写真は、ブレア氏のいる首相官邸前で抗議活動をしていたローズさん。2005年にロンドンで撮影)

で、私の質問に対するブレア氏の答え。
「(中略)イギリス軍は南部にいたので、バグダッドの状況についてはあまり詳しく把握していない。ただ、こうしたことが起きた場合、対策を講じること、放射能やその他危険物質が悪者の手に渡らないように最善を尽くすべきだし、そのならないように祈る」

次の質問はこれ。
「このバグダッドの原子力センターは1980年にイスラエル軍、1991年にはアメリカ軍に空爆されている。その他の例を見ても、原子力発電所は軍の空爆の最初のターゲットになっていると思うが、その安全管理についてどう考えるか?」

ブレア氏の答え。
「それはそうだと思う。それでも、原発の平和利用は可能だと思う。これもあまり支持されない言い方かもしれないが、地球温暖化を食い止めるには原発は外せない。悪者が核兵器などに転用しないように、IAEAがあるのだ(中略)」

。。。やっぱり、ブレア氏も原発は空爆のターゲットになると考えるのか。イギリス前首相に面と向かってはっきりそう言われると、ますますコワい。実際、そうだしな。。となると、海岸線に原発が居並ぶ日本ってどうなの?テロリズムの危険性を彼が語れば語るほど、コワくなった私でした。。。ブレア氏にやさしい言葉をかけてもらったのは正直にうれしい。でも、言い訳は通らない。少なく見積もっても10万人以上のイラク人が、誤った情報に基づいた彼の攻撃決定で死んだのだ。ローズさんのように、”違法な戦争”で息子を失った人もいる。彼は「戦争は必要悪だ」と言ったけど、そんな苦しい言い訳と矛盾をゴリ押しするより、潔く非を認め、心からの謝罪をし、自らの経験を外交に活かして、紛争予防に尽力する方が、平和問題、環境問題の両方で「支持を得られる」と思う。(ブレア氏は番組中、何度も「支持を得られないけど」という言い方をしていた)

あ、ちなみにバグダッドが放射能汚染でてんやわんやしている時、日本のトップニュースは多摩川のタマちゃんでした。もっと、当時の様子を詳しくお知りになりたい方は、拙著『戦争と平和〜それでもイラク人を嫌いになれない〜』(講談社)をご覧下さい。今日は、未発表の写真をいっぱい載せてみました。
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by nao-takato | 2008-03-19 03:49 | 9条/対話

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