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8月6日 ヒロシマ、そしてイラク

ヒロシマには、先日の三次市の報告会の次の日に原爆ドームや公園を森瀧春子さんに案内していただいた。原爆資料館は閉館していたが、森瀧さんには「また来なさいってことね」と言われ、私も今はきっと見る時じゃないんだなと思った。精神的にも万全でなかったので、時期をずらされたのかもしれなかった。父親にも「今のお前にヒロシマが見れるのか?」と言われていたし……。その後、ホテルのスカイラウンジからヒロシマを見た。パレスチナホテルから眺めるバグダッドのチグリス川と重なった。私はヒロシマを見たことがなかったイラク人と同じように、悲劇の上に作られた町並みを見て「きっとイラクにも平穏な日々が訪れる」と思っていた。私は今、前だけを見ていたいと無意識に思っているのかもしれない。そうしていないと、ひっくり返って泡を吹いてしまうかもしれない。アンマンに来たのも、元気になったからというより、元気になるために来た。イラクでやっと出てきた希望の芽を踏みにじられていないことを確かめたいと思って来た。路上で暮らすイラクボーイズとの間にできたボンド(絆)を確かめたいんだ。戦車に囲まれながら暮らすイラク人が私にとってとっても身近な人になったから。

昨日、ちょうどアルジャジーラのHPを見ていたら、ムサーナアルダリ氏が釈放されたというニュースを見つけた。早速、アルジャジーラにそのままメールを打った。アルダリ氏への謝辞と祝辞を伝えてほしいということ、それとアルジャジーラへの謝辞、とにもかくにもそれだけは早急に伝えたいと思った。

最近のイラク情勢はさらにわけがわからなくなったような気がする。ヨルダンでは、一連の教会爆破事件はアラブ人によるものではないと言う人が多い。真相はわからないが、確かなのは、私が常宿にしていたホテル前の教会は小学校が併設されていて、そこはクリスチャンだけでなく、ムスリムの子どもたちが多かったということ。せっかく、みんな仲良く遊んでいたのに、誰がやったにしてもひどい話だ。

さっき、シーア派のイラク人とお茶を飲んでいた。彼は4年もヨルダンに住んでいる。兄さんもここアンマンにいる。あとの家族はバグダッド。毎月仕送りしてるらしい。最近、中古のマツダ車を購入してバグダッドの家族に送ったらしい。3000$したそうだ。彼も私が拘束されていた時は日本のメディアの取材攻勢にあったとのこと。でも、彼はイラク人が日本人を殺すわけないって信じていたよ、と言う。それでも、ファルージャやラマディのスンニ派の人たちはみなサダムの残党だと言っていた。私はみんながそうではないと思うと言って、どっちにしてもサダムフセインはもうアメリカの手中にあるわけで、今のイラク情勢を考えるとイラク人同志仲違いしない方がいいんじゃない?と聞き返した。実際、南部のマフディ軍も「ファルージャを救え!」と叫んでいたらしいし……。彼は「そうだよな…」とつぶやいた。こんがらがった糸はゆっくり一つずつほどいていくしかないらしい。

混沌としたイラク情勢の中で、希望を見つけるのって難しいけど、私は見つけたから、あきらめたくない。そして、イラクのこんがらがった糸は日本につながっていると思うから、私は私のできることをやろうと思う。だって、私は日本人。
by nao-takato | 2004-08-06 22:09 | 心/瞑想

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