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私たちは彼らの質問に答えられるだろうか?

原爆資料館inヒロシマです。
ワセックは、平和公園でお祈りして、NO DU ヒロシマ・プロジェクトのフジムラさんにアテンドしてもらって、今資料館見学をしています。

きっと、フラッシュバックとかしてると思う。
プレゼンの準備をしている時も、「ニオイがする…」とか言っていたし。
撮影した日からニオイが気になって、1ヶ月くらいは手と身体をゴシゴシ洗ってたそう。
でも、ニオイは消えなかったって。
実際にニオイがしているわけじゃないけど、記憶されてしまったってことだね。
細かいところを思い出すのが、本当に辛そうだった。

ワセックの映像は、私のDVDにも入ってるし、報告会の中でもよく上映してる。
でも、やっぱり、その時の空気や思いを伝えられるのは撮影した本人。

彼は、あの時、撮影を終えてから何日も泣いたと言っていた。
プレゼンでは「僕は泣いた」とは言わないかもしれないけど、打ち合わせの中でボソッと言った一言から、私は彼の悲痛な思いを強烈に感じてしまった。
昨年の夏、ヒロシマとナガサキに案内したイラク人も途中でフラッシュバックに苦しんでいた。
女性の方は資料館から出ていった。
ヒロシマやオキナワに行ったカーシムも、ニオイを思い出し恐怖を感じていた。

今回ワセックは、ファルージャ病院の小児科医からたくさんの先天性異常の赤ちゃんの写真をもらってきた。

私は、プレゼン用のパワポを作りながらこのたくさんの写真の中からいくつかを選ぼうと思った。
でも、私はそれができなかった。
たとえ、数分しか生きられなかったとしても、
たとえ、目や鼻がなくても、
たとえ、脳がなくても、
たとえ、頭が二つでも、
たとえ、足がくっついていても、
たとえ、指が多くても、
たとえ、心臓にたくさんの穴が空いていても、
命は命。
この子たちは、短かった命をめいっぱい使って、私たちに伝えようとしている。
それを、削除することはできなかった。
死者は必ず、生きている者にメッセージを遺す。
自然に訪れた穏やかな死から、私たちは多くのことを受け取る。
それ以上に、理不尽な死や殺された死は、より多くのことを訴えかけてくる。

それは、目をそらしたくなる。
ただ、私たちには向き合う責任がある。
平面なスクリーンからニオイは再生されない。
数秒後には生きられなかった赤ちゃんたちの姿は目の前から消えて行く。
目をそらさずにスクリーンを見たからと言って、
犠牲者の思いのすべてを理解することはできないだろう。
それでも、理解しようとすることは無駄ではないはずだ。
そのために、ワセックも儚い命の赤ちゃんたちも日本でその姿をさらしているのだから。

日本の”イラク人道復興支援”は何だったんだろう?
日本が”テロとの戦い”を支持したのは何のためだったんだろう?

カーシムの言葉を思い出す。
「戦争放棄というけど、戦争のサポートはいいのかい?」
この質問に私たちは答えられるか?
by nao-takato | 2010-04-19 17:16 | 報告会/来日ツアー

リアルタイムでイラクの今をお知らせする為の公開日記


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